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東京高等裁判所 平成8年(ネ)1671号 判決 1997年2月27日

控訴人(被告) 長谷部さ子

右訴訟代理人弁護士 寺島勝洋

被控訴人(原告) 斎藤邦博

主文

一  原判決及び甲府地方裁判所平成六年(手ワ)第二一号約束手形金請求事件につき同裁判所が平成六年九月二二日に言渡した手形判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審及び右手形訴訟の分とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の申立

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

一  請求原因(被控訴人)

1  被控訴人は、次の記載のある約束手形(以下「本件手形」という。)を所持している。

額面 金二〇〇〇万円

振出人 有限会社鈴武

振出日 平成四年一二月二四日

振出地 山梨県中巨摩郡田富町

支払期日 平成六年一月二〇日

支払地 山梨県甲府市

支払場所 甲府中央信用組合本店

受取人 有限会社ライフプラザフジ

第一裏書人 右同

第一被裏書人 (白地)

第二裏書人 小佐野修

第二被裏書人 (白地)

第三裏書人 長谷部さ子(控訴人)

第三被裏書人 (白地)

第四裏書人 斎藤邦博(被控訴人)

第四被裏書人 株式会社山梨中央銀行(取立委任目的)

2  控訴人は、本件手形に、拒絶証書作成義務を免除して、裏書をした。

3  本件手形は、支払のため支払期日に支払場所において呈示されたが、支払を拒絶された。

4  よって、被控訴人は控訴人に対し、本件手形の手形金二〇〇〇万円及びこれに対する満期日の翌日である平成六年一月二一日から支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び抗弁(控訴人)

1  請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。

ただし、後記のとおり、本件手形の支払期日欄の記載は、改竄されたものであり、本件手形は本来の支払期日に支払のための呈示がされなかった。また、控訴人は、相続税納付に必要な融資のためと訴外小佐野修(以下「小佐野」という。)から言葉巧みに署名押印を求められ、手形用紙であることの認識や手形がいかなるものであるかの理解もないままに、本件手形に署名したものである。

2  本件手形の支払期日欄の記載は、もともと「平成5年1月20日」であったものであり、「5」が「6」に改竄されて「平成6年1月20日」と変造されたものであることは、外観上も明らかである。被控訴人は本件手形の本来の支払期日である平成五年一月二〇日に支払のための呈示をすべきであったのにそれをしなかったから、裏書人である控訴人に対し遡求権を行使することはできない。

三  抗弁に対する認否及び再抗弁(被控訴人)

1  抗弁事実は否認する。被控訴人は、本件手形の支払期日欄が変造されていることに気がつかなかった。

2  仮に、本件手形の支払期日欄の記載が変造されたものであるとしても、控訴人は変造された本件手形に裏書をしているから、控訴人の責任は免れない。

四  再抗弁に対する認否(控訴人)

再抗弁事実は否認する。本件手形の支払期日欄は、控訴人が裏書をした後に被控訴人が改竄をしたものである。

第三証拠<省略>

第四当裁判所の判断

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

なお、控訴人は、本件手形に裏書をした際、手形用紙であることの認識や手形についての理解もないまま署名した旨主張し、原審及び当審における被告(控訴人)本人尋問の結果中には右主張に沿う供述部分があるけれども、本件手形に署名したことを認める供述部分もあり、甲第一、第一九号証(いずれも第三裏書人欄の控訴人の住所記載・署名が控訴人の筆跡によるものであることに争いがない。)、当審における証人小佐野修の証言及び被控訴人本人尋問の結果によれば、平成五年一二月二一日ころ、被控訴人と小佐野とが控訴人宅を訪れ、小佐野から控訴人に対し、小佐野及び控訴人の甥である訴外樋口日出男(以下「樋口」という。)が被控訴人から融資を受けるのに必要だからと説明して本件手形ほか一通の約束手形の裏面に署名を求め、控訴人の相続税納入に関連して必要な融資であると思った控訴人がこれに応じて表面の記載等をよく確認しないで小佐野に言われるがままに本件手形ほか一通の約束手形の各第三裏書人欄に住所を記載して署名をしたこと、しかし、その際、小佐野から強迫されたとか控訴人が意思能力を喪失していたというようなことを窺わせる特段の事情はなかったことが認められ、仮に、控訴人が手形用紙であることの認識や手形についての理解が不足していたとしても、右認定のような状況の下で署名(裏書)をした以上、手形法上裏書人としての責任を当然に免れうるものではない。

二  本件の主たる争点は、本件手形の支払期日欄の記載が改竄されたものであるか否か、改竄されたとすれば、何時、誰によってされたのかという点にある。

1  本件手形(甲第一号証)を見ると、その表面の支払期日欄の記載は、一見すると「平成6年1月20日」(平成・年・月・日は印刷された不動文字で、6・1・20の算用数字はボールペンにより手書きされている。)であるかのように見えるが、少し注意して見ると、「平成」の不動文字の次の手書きされた「6」の算用数字は、算用数字「5」の右上部の一部を削り取り、その左下部の一部をボールペンで補筆して改竄されたものであり、支払期日欄の記載は、当初「平成5年1月20日」であったものが「平成6年1月20日」に変造されたことが認められる。

2  そして、前掲の甲第一、第一九号証、証人小佐野修の証言、控訴人及び被控訴人の各本人尋問の結果のほか、甲第二〇ないし第二二号証及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) 平成四年秋ころ、小佐野から被控訴人に対し、いずれも、額面金三五〇万円、振出人有限会社鈴武(以下「鈴武」という。)、振出日平成四年九月一〇日、受取人及び第一裏書人有限会社ライフプラザフジ(代表取締役小佐野)とする約束手形三通(甲第二〇ないし第二二号証)が譲渡され、さらに、同年中に、小佐野から被控訴人に対し、本件手形(甲第一号証)及び額面八〇〇〇万円、振出人鈴武、振出日平成四年一二月二四日、受取人及び第一裏書人有限会社ライフプラザフジ、第二裏書人小佐野とする約束手形一通(甲第一九号証)が譲渡されたが、その当時、右五通の約束手形に控訴人の裏書はされていなかったこと。

(2) 平成四年中に小佐野から被控訴人に譲渡された振出人鈴武の右約束手形五通のうち、本件手形(甲第一号証)、額面八〇〇〇万円、振出日平成四年一二月二四日、支払期日平成六年一月二〇日の手形(甲第一九号証)及び額面三五〇万円、振出日平成四年九月一〇日、支払期日平成六年一月三一日の手形(甲第二〇号証)、以上三通の手形の各支払期日欄の記載を見ると「平成6年1月20日」又は「平成6年1月31日」となっているが、いずれも「6」の算用数字が前記1において認定したように、ボールペンで書かれた算用数字「5」を改竄して「6」とし、「平成5年」という記載を「平成6年」にしたものであること。

(3) 被控訴人が小佐野から譲渡を受けた本件手形を含む右五通の手形は、その後被控訴人において所持し保管をしていた(平成五年中に支払のための呈示がされたことはない。)が、平成五年一二月二一日ころ、被控訴人は、小佐野からの融資の申入れに対し本件手形及び額面八〇〇〇万円、振出日平成四年一二月二四日の約束手形(甲第一九号証)に控訴人の裏書を要求し、小佐野が運転する自動車で控訴人方に赴き、控訴人に会って挨拶するとともに、小佐野に右手形二通を手渡したこと、小佐野は、前記一において認定したように、控訴人に対し小佐野及び樋口が融資を受けるのに必要であるからと説明して右手形二通に裏書することを求め、かねて小佐野及び樋口に相続税納入の方策を依頼をし信用していた控訴人は、それに必要な融資に関係するものと思い、小佐野に求められるままにその場で右手形二通の裏面に署名をしたが、その時の支払期日欄の各記載が既に「平成6年1月20日」となっていたかどうかは確認していないこと。

(4) 本件手形を含む前記五通の約束手形は、被控訴人により平成六年一月にそれぞれ支払のため呈示されたが、振出人である鈴武が既に倒産して取引停止処分を受けていたため支払を拒絶され、被控訴人は、同年七月、控訴人を被告として、控訴人の裏書のある手形二通のうち本件手形についてのみ手形訴訟を提起したこと。

3  ところで、被控訴人本人尋問の結果中には、被控訴人が平成五年五、六月ころ、小佐野から鈴武振出に係る本件手形及び額面八〇〇〇万円の約束手形(甲第一九号証)の譲渡を受けた際、各支払期日欄の記載が既に「平成6年1月20日」となっていたと思う旨の供述部分がある。しかし、①仮にそうとすれば、各支払期日欄の記載のうち算用数字「6」に外観上不自然なところがあり、これが改竄されたものではないかという疑いは容易に生じていたはずであるにもかかわらず、何ら問題となった形跡がないこと、②被控訴人は、本人尋問がされた後の当審第六回口頭弁論期日において、本件手形等二通の譲渡を受けたのは平成四年の秋ころである旨訂正するなど右供述部分に曖昧な点も見られること及び③この点に関し証人小佐野修は、平成五年一二月二一日ころ控訴人方に被控訴人とともに赴いた際、控訴人に裏書を求める直前に被控訴人から手渡された本件手形を見たところ、既に満期を経過した期限切れの手形であることに気付き、被控訴人にそれを告げたのに対し、被控訴人から、かまわないから裏書を貰ってきてくれとの返事があった旨証言しており、この証言部分を全面的に信用することまではできないにしても、本件手形の支払期日欄の記載は未だ改竄されていなかった可能性があることを窺わせるものであることなどに照らし、被控訴人の前記供述部分は直ちには採用し難く、これをもって、被控訴人が小佐野から譲渡を受けた時に(したがって、控訴人が裏書をした当時も)本件手形の支払期日欄の記載が既に「平成6年1月20日」となっていたものと認定することはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

4  右1ないし3において認定した事実及び説示からすれば、本件手形は、被控訴人が平成四年中に小佐野から譲渡を受けて以来一年以上これを所持し保管をしており、その間、支払のための呈示や第三者への譲渡がされたことはなく、平成五年一二月二一日ころ被控訴人が小佐野とともに控訴人方に赴いた際も自ら持参したもので、控訴人が裏書して直ちに被控訴人に戻されており、その後、被控訴人の保管中に本件手形の支払期日欄が「平成5年1月20日」から「平成6年1月20日」に改竄されたものと推認することができ、さらに被控訴人自らが直接改竄をしたことを認定しうるに足りる証拠はないが、少なくとも被控訴人は、自己の支配下にある本件手形の改竄に何らかの関与をしたものと推認せざるをえない。

三  以上のとおり、本件手形については、所持人である被控訴人が本来の支払期日欄の記載「平成5年1月20日」に従った支払のための呈示をしなかったもので、手形法上適法な支払呈示がされなかったことが明らかであり、右支払期日の約一一か月後の平成五年一二月二一日ころ控訴人により裏書がされ、その後、被控訴人の関与の下に、支払期日欄の記載が「平成6年1月20日」と改竄され、これに従った支払呈示がされたが支払を拒絶されたものである。このように、所持人である被控訴人が適法な支払呈示をしなかった本件手形に控訴人に裏書をさせ、その後に、被控訴人の関与の下に支払期日が変造された場合には、所持人である被控訴人が裏書人である控訴人に対し、手形法上の遡求権を行使して裏書人としての責任を追及することはできないことは明らかである。

したがって、被控訴人の控訴人に対する本件手形に基づく請求は、理由がないものと判断する。

第五結論

よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決及び手形判決は失当であるから、これらを取り消して被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 永井紀昭 小野剛)

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